風をこぐ
橋本貴雄写真展

風をこぐ 橋本貴雄写真展

2022年11月3日(木)~20日(日)
木・金・土・日 12:00ー19:00 (最終日17:00まで)
※月・火・水 休廊

私はフウのそばにいて、ただ見つめていたように写真が残った。

ベルリンを拠点に活動する写真家・橋本貴雄の写真集『風をこぐ』出版記念巡回展示の最終章のひとつとなる。橋本は2005年、交通事故に遭い後ろ脚が動かなくなってしまった野良犬・フウを保護した。本展では、出会いの地・福岡をはじめ大阪、東京、ベルリンで橋本とフウがともに過ごした12年間の記録、19点で構成される。フウとの日々を静かに受け止める橋本の優しい眼差しと柔らかな風景が目の前に浮上する。フウのいる風景が愛おしいと感じるだろう。

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フウは17年前、福岡の路上で轢かれていた。事故で後ろ脚は動かなくなっていて、手術を受けて、リハビリをかさねていくなかで、後ろ脚は少しづつ動き始めた。普通の犬のように歩くことは最後までできなかった。それでも、自力で立って元気に散歩ができるまでに回復した。晩年は自力で立つことはできなくなったけれど、車椅子で変わらず元気に散歩をつづけた。
写真を始めたのは、福岡でリハビリをかさねていくなかで、フウが少しずつ歩き始めた頃だった。フウを写している時、その写真で作品作りをするつもりはなかった。ただ、フウが歩いていく方へ歩いていき、流されるように、そこに現れてくるものを撮った。福岡、大阪、東京、ベルリンで、12年間、私はフウのそばにいて、ただ見つめていたように写真が残った。

後ろ半身を不安定に揺らしながら、前脚でバタバタと宙を漕ぐようにして立ち、全身を波立たせて走る。力の弱い後ろ半身が右に傾き、時々尻もちをついてはまたすぐに立ち上がる。いつも初めてのように目の前の景色にふれて、どんどん遠くへ駆けていった。

フウが亡くなって5年が過ぎた。私たちは、毎日の生活のなかへ絶えず投げだされながら、時間を置き去りにして、だんだん遠くへ離れていって、もといた場所も忘れてしまうのかもしれない。疲れて、ふとふり返って、見えなくなったことのさびしさに気づいて、置いてきたものをまた拾い集める。フウとの時間と残った写真がなかったら、いくつかの失くしていた感覚がいまの自分にはあったと思う。12年間、一緒にいれて幸せだった。

2022年10月 橋本貴雄

◉橋本貴雄(はしもと・たかお)
1980年熊本県生まれ。2008年、ビジュアルアーツ大阪写真学科卒業。2011年からドイツに渡り、国内外で展示を行う。現在、ベルリン在住。『Kette』より2021年度 写真新世紀 佳作(椹木野衣氏選)。主な展示にグループ展「Unsichtbar」galerie Bild plus(ベルリン、2012年)、「Abjet」Galerie Emma-T(ベルリン、2015年)など。2021年9月写真集『風をこぐ』モ・クシュラ社より刊行。金柑画廊(2021,東京)を皮切りに『風をこぐ To Row the Wind』出版記念展が始まり、LIBRIS KOBACO(福岡、2021年)、スタンダードブックストア(大阪、2022年)、新宿ニコンサロン(東京、2022年)など巡回。
https://www.takaohashimoto.com

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風をこぐ 橋本貴雄写真展写真集『風をこぐ』
To Row the Wind
橋本貴雄

装丁:岡本健 +
発行:モ・クシュラ
仕様:A5判・並製カバー帯あり・PUR
頁数:342ページ(写真262点、エッセイ2万字)
定価:3,520円(税込)

2005年、福岡の路上で車に轢かれ、倒れていた一匹の犬。著者はその犬を「フウ」と名づけて引き取り、その後、福岡から大阪、東京、ベルリンに渡り、12年間をともに暮らしました。 『風をこぐ』に収められているのは、2005年から2017年まで、フウと過ごし歩いた時間のなかで写した風景(写真262点)と記憶(テキスト2万文字)です。 写真集名「風をこぐ」は、事故による後ろ脚の後遺症で、全身でうねるように、前脚だけで風を漕ぐように進むフウの姿から著者が付けたタイトルです。